1992年3月1日日曜日

欧州統合と日本企業への期待


1992.3 
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1.要旨  
最近、日・欧の企業関係に少し変化が出てきているように見える。欧州企業に於ては、  
従来の「日本企業は敵」としか考えない偏屈な態度が弱まり、何とか日本企業との協調  
の道を探そうとする姿勢が強くなってきている様に思える。民間会社である当社の東京・  
大阪本社にも欧州の企業のみならず、政界・学界からの訪問団も、最近、とみに頻繁に  
訪れるようになった。一方、日本の企業においても、経団連が今年の活動テーマとして  
「共生」という標語を挙げたように、従来の現地進出一辺倒の態度から、欧州企業との  
共存の道を探す姿勢に変わりつつあるようだ。この変化のなかで、伝統的にマッチメー  
カーの役割をはたしてきた総合商社のビジネス・チャンスは高まってきているとも言え  
る。先般、現地に出張し欧州の各界の専門家の意見を多く聴取する機会を持ったが、こ  
の欧州側の姿勢の変化の背景となっている欧州統合の動き、統合に対する各国の事情の  
相違、その中での日本企業への欧州の期待の高まりという点を整理してみたい。
 
2.欧州統合と各国事情  
93年から始まるECの市場統合、さらに昨年12月にマーストリヒトのEC首脳会談  
で宣言され、92年2月に条約として調印された「改正ローマ条約」は欧州企業の戦略  
にも大きな影響を与えている。この条約で、ヨーロッパは今後単なる共通市場ではなく、  
通貨統合を軸として、通貨・経済・政治の三つの分野における総合的な統合である「欧  
州連合」を目指すことになった。しかし、この欧州連合への道は、各国それぞれの個別  
の事情が大きく異なっている現状では、けっして容易なものとは言えない。欧州統合に  
は相当に荒っぽい各国経済の収斂(コンバージェンス)が必要となってくる。この各国  
経済条件の収斂は、当然欧州の企業経営にも大きな影響を与えることになるのである。  
各国別にそのあたりの事情を見てみる。 

(1)期待と不安が混ざる欧州の発展途上地域  
まず一番大きな影響を蒙るのが、欧州内部でも比較的産業の国際競争力が低い低開発地  
域の産業である。具体的にはスペイン、ポルトガル、アイルランドなどの後発の国々で  
あるが、ドイツとの比較において劣位という意味では、潜在的にはイタリアを始め全て  
の欧州諸国においてこの懸念が存在するといえる。加えて、これらの国々では、通貨統  
合への厳しい経済条件をクリアするために、強いデフレ政策の必要性に迫られていると  
ころが多い。当然、従来のような各国市場の特殊性に依存した競争制限的な環境のもと  
で、潤沢な財政支出に依存した企業経営は難しくなってくる。欧州統合に対する態度も、  
拡大される市場への「期待」と厳しくなる競争条件への「不安」が入り混じったものと  
なる。競争に負けた場合の救済策(地域政策)を統合の条件として主張することになる。  
経済・通貨の統合は、ある意味では欧州全体への弱肉強食ルールの導入であることを考  
えれば、弱者に対しては救済策を講じることが統合の条件となる。現にEC予算計画に  
よれば、今後欧州内部の低開発地域への財政支援額を急増させ、1997年には全EC  
予算の33%を占めるまでに増大させる計画となっているが、それで十分であるかにつ  
いてはまだ解からない。一部のイタリア企業のように、自国の貧弱なインフラを見限っ  
て対外進出を進めるところもでてこよう。またスペインのように賃金上昇次第では逆に  
撤退する外資がでてくる危険があるところもある。いずれにせよ、これらの地域におい  
ては産業の競争力強化が早急の課題であり、その為の切り札として、今まで以上に日本  
の技術、資本に対する期待が高まることになる。 

(2)フランス:高まる国内の政治的不満と産業政策  
フランスであるが、今回のマーストリヒトで政治的にはドイツを欧州連合という枠内に  
取り込んだかたちとなり、欧州内部ではラテン系が多数派であることを考えれば、まず  
は大成功と言える。また経済的にもEMS内でフランを安定させるという政策が、ドイ  
ツを下回る物価上昇率にまでに物価を安定させ、それが貿易収支の改善などのいい結果  
を産み出している。通貨統合への道は基本的にこの路線の延長であり、フランスにとっ  
ては比較的に問題の少ない道といえる。しかし、通貨統合は両刃の剣でもある。これが  
国内で独自の財政・金融政策を著しく困難にしていることも事実である。失業率が高ま  
るなかで景気対策が打てずフランス国内では政治的不満が極度に高まっている。経済的  
なメリットも政治的には高いものについているわけであり、これがフランスにとっての  
統合コストであるとも言える。産業政策面では、同国の欧州内部での経済力と政治力の  
ギャップが大きいだけに、自国の産業競争力を何としても高めたいとの意識が強烈であ  
り、日本企業に対してはECを通じては圧力をかける一方、二国間ベースでは協調姿勢  
を取り、日本のいいところを取り込もうとの姿勢がとみに顕著になりつつある。 

(3)イギリスでも検討される産業政策の導入  
大陸諸国と一線を画してきたイギリスにおいても、徐々に変化が窺える。従来、イギリ  
ス経済は、企業と家計の過剰債務体質、短期的利益指向および製造業の軽視というある  
意味ではアングロサクソン経済の共通の問題を抱えていた。特に、この製造業に対する  
考え方が大陸諸国とは相当異なり、それが日本の直接投資を巡り、英国と大陸諸国の間  
でぎくしゃくした関係をつくりだしたこともあった。しかし、そのイギリスにおいても、  
穏健なものであるとはいえ産業政策の導入が議論されるようになっている。通貨統合で  
自国の主権の一部を欧州レベルに移管すること、また欧州共通の労働条件などを規定す  
る社会憲章にも強い拒否反応がある英国ではあるが、徐々に大陸諸国との収斂が進んで  
きているとも言える。日本の直接投資についても、基本的に自由主義の考え方には変化  
はものの、既存企業との協調という点についても、従来以上に配慮する兆しが窺える。 

(4)ドイツ:深刻な財政負担とインフレ圧力  
最後にドイツであるが、もともと産業競争力が欧州では際だって強いだけに統合により  
産業が打撃を蒙ることは比較的少ないと見られてきた。また通貨統合はドイツ連銀の考  
え方をほぼ忠実に反映するかたちで取り進めるかたちになり、この意味でも現状を大き  
く変えるものではない。しかし、そのドイツにおいてすら、二つの意味での先行きへの  
撹乱・コスト要因が存在する。 

まず財政面のコストであるが、東西両ドイツの強引な通貨統合が旧西ドイツに莫大な財  
政負担を強いていることは、欧州全体の通貨統合の結果を占う意味においても示唆的で  
ある。市場統合のパッケージとして南の地域に対する財政支援が計画されていることは  
前述の通りであるが、このコストを負担する国と言えば、やはりドイツが主役とならざ  
るを得ない。ドイツでは東ドイツ関連の財政支出がすでにしてマクロ経済面での成長抑  
制要因になりつつあるうえに、東欧関連、CIS関連の財政支出が予測されている。そ  
の上に、このような欧州内部への持ち出しが加わる。この中で通貨統合の経済条件であ  
る、財政赤字の縮小に取り組まねばならない。当分経済政策の舵取りは難しくならざる  
をえない。産業基盤にも悪影響がでてくる可能性もある。 

さらに、各国通貨の平均値的な存在となる欧州単一通貨は、現在最も強いドイツマルク  
よりは必然的に弱いものとならざるを得ず、物価上昇圧力の高い国にとっては新しい単  
一通貨はディスインフレ要因となるものの、ドイツにとってはインフレ要因となるとい  
う点がある。ただでさえ最近の賃上げ圧力はドイツの単位労働コストを欧州内部の比較  
において急速に上昇させつつあり、通貨統合について否定的な意見が多く出されるよう  
になっている。 

この二つの懸念材料は企業の投資戦略にも微妙な影響を与えつつあるようである。ドイ  
ツ企業の対外投資が急増する中で、外国企業のドイツ向け投資は1990年の29億マ  
ルクに対して、1991年は12億マルクと急速に減少しつつある。  
 

以上のように欧州統合への道のりはけっして平坦ではなく、紆余曲折があるものと思わ  
れる。しかしヨーロッパでは、このように最初に基本線を決めて、後で細かい点は詰め  
て行くとのやり方で過去、統合を進めてきた。「欧州連合」についても同じような展開  
を見せ、結局は実現するものと思われる。ただ、各国経済の条件を収斂させて行く過程  
は、上記で見たように相当コストがかかる。企業にとっても痛みを伴うものとなると見  
られる。それだからこそ欧州企業も対応策を練ることになる。企業戦略と言えば、日本  
の存在を無視しての企業戦略はどの分野においても徐々に難しくなってきているのであ  
る。 

3. 欧州企業の間で高まる日本企業への期待  
歴史的に、欧州においては、日本企業は欧州企業に対する「脅威」としてネガティブに  
捉えられてきたように思われる。EC統合それ自体が、日本からの競争を意識したもの  
であるとも言える。そのような欧州側の意識に対応するように、日本企業の間で欧州は、  
いずれ「要塞化」するとの懸念が根強く存在してきた。これは要塞化される前にインサ  
イダーとなっておこうと、80年代後半に日本から欧州への広範な分野における直接投  
資のブームに結びつき、これがまた日欧間の経済関係を緊張させることになった。これ  
が上記で個別に述べたように最近ちょっと変わってきている。勿論、日本市場の閉鎖性、  
日本企業の攻撃的な市場戦略に対して強い批判は存在してはいるが、同時に欧州側に今  
まで以上に日本企業との共存・協力関係を求める姿勢が見え始めているように見える。 

背景の一つに、市場統合によってかならずしも日本企業に勝てる保障はないということ  
が徐々にあきらかになってきたこともある。従来の欧州企業の発想には、ややもすると  
統合市場について規模のメリットを追及する大量生産方式に対する過大な期待があった  
様に思えるが、時代はこのような小品種大量生産方式の時代から多品種小量生産方式の  
時代に移っていたわけであり、市場が大きいだけでは必ずしも日本からの競争には勝て  
ないことがわかってきた。勝てない以上、協調策を模索することになる。日本企業に対  
する硬軟両面からの二本立て戦略の使い分けがなされることになる。 

その意味でフランス政府が1991年7月に纒めた「フランスおよびヨーロッパの対日  
政策について」と題する報告書は興味深い。日本産業の競争力を実に細にわたり分析し、  
日本産業の競争力の源泉はその文化的・構造的側面にあり、この競争力の上昇は、当面  
(10ー20年にわたり)続きうると結論付け、欧州産業としては、纒まって欧州レベ  
ルで対抗策を準備するべきとする一方で、各国、個別企業ベースでは日本企業との提携、  
協調を通じて日本産業の活力を取り入れることが必要であると、硬軟使い分け対日政策  
を提言している。この報告書が相当の影響力を発揮していることはその後のフランス政  
府およびEC委員会の対日姿勢を見ていても窺われる。イタリアにおいても、従来は日  
本企業の進出について極めて警戒的であったイタリア自動車産業が、今後は逆にイタリ  
アにおける日本の自動車部品産業の進出が少なすぎることに不満の意を表明している。  
ドイツ企業の日本企業に対する態度についても、従来からの自由主義的な考え方の中に  
も、本音の部分で警戒心が高まりつつあるように見受けられる。欧州全体にこのような  
アンビバレント(愛憎並存)ともいえる心情が観察できるのである。 

従来、欧州においては日本産業に対して非常に開放的なイギリス、閉鎖的(敵対的)な  
フランスとイタリア、開放と警戒心と合い混じったドイツという分類の図式があった。  
しかし最近は、各国ともに徐々にその中間点に収斂しつつあるとも言える。 

一方、日本企業側においても、従来からの何が何でもまずは欧州でインサイダー化しよ  
うといったグリーン・フィールド投資を中心とする投資ブームが一段落し、経団連の「  
共生」という標語が表すような欧州企業との協調関係を模索する動きがでてきている。  
グリーン・フィールドへの投資であれば、従来はイギリスへの投資が手っ取り早く行な  
われたわけであるが、既存企業との協調となると産業基盤が整った大陸諸国での展開が  
あらためて注目されることになる。もっとも、このような国際的な提携関係は、国際摩  
擦を回避する一方で、競争制限的な色彩を帯びる可能性もあり、両者のバランスが求め  
られることは言うまでもない。 

4.総合商社にとってのビジネス・チャンス  
上記のような、日欧の双方における企業姿勢の変化は、今後の日欧の産業関係につい  
ても、従来のいわば「対欧進出一辺倒のメーカー的な発想」の時代から、提携、協調関  
係の形成を重視する、「リエゾン指向の商社的な発想」の時代に移りつつあると言える。  
総合商社の出番がやってきたとも言える。 

EC委員会を訪問したとき、日欧投資のインバランスからいって日本市場こそ要塞であ  
るとの厳しい指摘とともに、「総合商社にこそこのような現状を打開するための役割が  
期待されている」と檄を飛ばされた。総合商社に期待されている役割について特に二つ  
挙げてみたい。 

まず第一に、欧州企業の巨大な日本の国内市場へのアクセスの支援である。日本の国内  
市場を活用した国際貢献は欧州に限らず今後注目されて行こう。日本側の統計で見ても  
我が国の対外・対内直接投資バランス(対外投資額を対内投資額で割った比率)は19  
90年で20.5倍とアメリカの1.0倍、ドイツの2.2倍を圧倒的に上回る。国内  
市場にいかにして外国企業を呼び込むかということが、重要な国家課題となっている。 

通産省は今般、「輸入の促進および対内投資事業の円滑化に関する臨時措置法案」を国  
会に提出した。この法案では、外国企業に対する国内の投資環境情報の提供、合弁斡旋、  
人員採用協力など、数多くの具体策に触れられているが、基本的には従来の総合商社が  
果たしてきた機能そのものの強化策であるといえる。日本の投資インバランスの是正の  
問題は、過去の閉鎖的なシステムで日本企業が享受したとされるメリットを遡って調整  
する、結果がイーブンになるまで努力が必要という一種のアファーマティブ・アクショ  
ンのようなものになる可能性が高いと言われている。ということは、日本としては半永  
久的にこの方向で努力しなければならないということである。今後長期間にわたりこれ  
が国家的課題でありつづけることを考えると、古くて新しい問題とは言え、この時代の  
流れの中にビジネス・チャンスを求めることは可能であろう。 

第二に、技術提携斡旋である。欧州企業の興味は煎じ詰めてみれば日本の技術にある。  
戦後、日本の総合商社が日本産業の外国技術の導入にあたり積極的に仲介の役割をはた  
し、またそれを商社の商権確立に結び付けてきたことは良く知られている。今度は、そ  
の流れを逆にして、欧州企業の為に技術の提供を行なうべき時期になってきていると言  
えよう。従来の日本企業のヨーロッパ企業との技術提携は、直接投資と結び付けるなど  
で、基本的に技術を市場シェアの拡大(もしくはシェア管理)に結び付けるなど競争制  
限的性格もあった。今後は国際摩擦を回避する意味に加え、競争制限的な性格を抑えな  
ければならないとすれば、技術を単体で輸出する(市場分割には結び付けない)という  
形が望ましいとされるのかもしれない。技術が商品化され単体で流通するということで  
もあり、ここでも商社の出番がある。 

総合商社の「機能」については実に様々な議論があった。総合商社の「金融機能」、「  
在庫機能」が注目された時代もあった。「情報機能」として海外駐在員が打電するテレッ  
クスが評価されることもあった。「オルガナイザー機能」と称してプラント受注などで  
のプロジェクト・メンバーの形成・調整機能が注目を浴びたこともあった。けれども時  
代を通じて、一貫して変わらなかった「基本的な商社機能」というものがあるように思  
える。それは内外の顧客ニーズの変遷を敏感に探知して、そのニーズに対応した長期的  
かつ安定的な取引関係をアレンジ・メンテナンスするというマッチ・メーカーとしての  
機能であろう。これが総合商社の商権の形成の基本的な背景となった。その意味でいま  
日・欧の通商関係においては、総合商社の、この伝統的といえる「機能」に対するニー  
ズが高まってきていると言えるのではないか。 

(橋本尚幸)